坂野井健さん(東北大学准教授)に聞く 「普遍的な惑星大気環境の理解を目指して」
インタビュー Interview
Vol.2 主担当研究者インタビュー
坂野井健さん(東北大学准教授)に聞く
「普遍的な惑星大気環境の理解を目指して」
惑星に憧れて
そもそもなぜ研究するかと言えば、まだ誰も見たことのない新しいものを見たいから。私の場合、その対象が惑星で、昔からの憧れでした。幼稚園の頃は、近所のおじさんに連れて行ってもらい、プラネタリウムに毎日のように通いました。小学校4年生の時、父が買ってくれた口径10㎝のニュートン式望遠鏡で惑星を見るのが好きでした。そのうち惑星の写真も撮るようになって、中学生になると、望遠鏡を担いで暗い田んぼを探して歩きました。いわゆる天文少年だったのです。
坂野井健准教授(主担当研究者)
惑星の多様性と普遍性
研究の面白さを一言で言えば、惑星の多様性です。そもそも惑星って何だろう、と考えると不思議ですね。もともと惑星は皆、似たような材料(ガスや塵)からできました。ところが、そのできた結果は、どの惑星を見ても、全く異なる形と環境で、それぞれ異なる振る舞いをします。例えば、大気の成分も違えば、密度も違うし、生命が存在する星は、現在のところ地球だけ。オーロラがある星もあれば、自転しない星や灼熱地獄の星、大陸移動がない星もあります。現在、人類の理解は、太陽系のみならず、他の恒星にも広がっています。近年は観測技術の向上により、太陽系以外の恒星でも、実際に惑星が1,000個以上発見されています。太陽系以外の惑星では、エネルギー(電磁波やプラズマ粒子など)のやり取りも太陽系とは全く異なるでしょう。当然そこで生まれる環境も、太陽系とは異なるはずです。逆に、太陽系以外の恒星や惑星を理解することは、私たちの太陽系の過去・未来の姿を理解することにもつながります。今はそんな比較もできる時代に入りつつあるのです。我々の理解を宇宙全体に広げ、普遍的な惑星環境を解き明かしたい―。そう思いながら、研究をしています。
太陽系惑星(実際の天体同士はとても離れており、天体直径比も圧縮され描かれている)
宇宙と地球の境界
大学生の頃は、「超高層大気」という、高度約百㎞の地球の大気を研究しました。そこは宇宙空間と地球大気がせめぎあう境界領域。まるで海と陸の間でせめぎあう波のように、行ったり来たりして、時間変動するわけです。その境界領域の重要な発光現象の一つが、オーロラです。オーロラを調べることで、宇宙から地球の大気にどんなエネルギーがやってくるかがわかるのです。
オーロラ
なぜオーロラは光る?
ところで、オーロラが光るのは、なぜでしょうか。その原理は基本的にネオン管と同じ「放電現象」です。ネオン管の場合、真空にしたガラス管の中に希薄なネオンガスを入れ、両端に高い電圧をかけると、電子がビューっと飛びます。この電子ビームが、ネオン原子内の電子と衝突して、発生したエネルギーが光として放出されます。これがネオンサインなわけです。宇宙空間でもネオン管のように、真空でもなく、かつ大気が多過ぎもしない、微妙な希薄ガスがある条件を満たすのが、ちょうど惑星大気と宇宙空間の境界です。その境界に、太陽からプラズマ(電子や陽子)が吹き付けます。その電子が磁力線に沿って加速されるため、これが電子ビームとなって惑星に降り注ぎ、大気圏に突入します。この電子ビームと、超高層大気にある酸素や窒素等が衝突し、発生したエネルギーが光となって放出されます。そして高度約百㎞では、酸素が発光すると淡い緑色、窒素が発光するとピンク色になります。これがオーロラの正体です。つまり、オーロラの色の違いは、光を発する原子や分子等の種類や、高度の違いで決まるのです。
オーロラが発生する高度100-500kmの大気(超高層大気)は希薄な気体であり、ここに宇宙から磁力線に沿って降り注いだ電子が衝突して、放電管と同じ原理で発光する(オーロラの発光)。
光が運ぶメッセージ、地上から読み解く
逆に、なぜ光るかがわかるから、オーロラ等の宇宙現象に伴って地球に届く光をとらえ、光を波長ごとに分析する(=分光する)ことで、惑星大気と宇宙空間の境界領域の物理現象を、はるか遠方の地上から調べることができるわけです。この分光装置で地球のオーロラを地上から分光観測すると、高度約百~三百㎞の大気の温度や風速、高度分布等がわかります。また、太陽光を分光するだけで、地球の二酸化炭素の量や高度分布、気温等が、観測用気球をあげなくてもわかるのです。
オーロラの活動に伴って、高度100kmにおいて、風が吹いたり、温度が上昇する様子を南極の地上観測から明らかにした(坂野井健さんの博士論文)
分光技術を惑星大気に応用
我々はこの分光技術を約15年前まで地球大気に応用してきました。しかし、この技術は地球に限らず、惑星大気どこでも応用可能です。例えば、この分光装置を地上の望遠鏡につけて観測すれば、木星のオーロラが発生する超高層大気の温度や風速、風向や大気組成等までわかります。火星を望遠鏡で赤外分光観測すれば、火星の気候に重要な微量気体や、かつての海の証拠を得ることができる可能性があります。同じことを太陽系外惑星でも応用できれば、水の存在、さらには生命活動の証拠を得ることができるかもしれません。このように分光してスペクトルの形を詳細に調べることで、人類が決して行くことのできない環境までも知ることができるのです。
木星のオーロラ(出典:NASA)
超高層大気でわかること
また、地球も含めて惑星の上層大気は宇宙空間へ大量流出し続けていることが近年明らかになりました。この影響を知るためにも超高層大気を詳細に調べたいのです。さらに超高層大気の調査は地球温暖化の指標としても役立ちます。地球温暖化が進むと超高層大気が寒冷化すると考えられるためです。
惑星大気の宇宙への流出
ユニークな分光装置と連続観測
そのためには、非常に高い波長分解能が必要です。そんなことができる装置って、世界中なかなかないんですよ。だから装置も自分たちでつくるのです。また、米国ハワイ州マウイ島のハレアカラ山頂に、惑星大気観測専用望遠鏡を移設し、自前の惑星観測基地ができた点もポイントです。これでより好条件での連続観測が可能となり、惑星大気の時間変動を追うことができるようになりました。このユニークな分光装置と自前の望遠鏡による連続観測で、世界トップクラスの研究を目指します。
ハワイ・ハレアカラ山頂に移設された60cm望遠鏡の前で