中川広務さん(東北大学助教)に聞く 「世界最高分解能の赤外観測で惑星の謎に挑む」
インタビュー Interview
Vol.4 派遣若手研究者インタビュー
中川広務さん(東北大学助教)に聞く
「世界最高分解能の赤外観測で惑星の謎に挑む」
世界一の装置で僕たちにしかできないことを
もともとは福島県飯舘村にあった東北大学の惑星大気観測専用望遠鏡T60を、天体観測の最適地である、ハワイ州マウイ島ハレアカラ山頂へ移設する計画から始まりました。せっかく自前の望遠鏡があるので、大型望遠鏡の装置ではできない、我々の目的に特化した世界一の装置を使って、僕たちにしかできないことをやろうと、このプロジェクトがスタートしたのです。
2009年から装置を本格的に開発し始め、2013年に装置が完成しました。2014年9月、ハワイに移設したT60に装置を無事とりつけて(関連記事はこちら)、同年11月に初めて火星データを取得できました。その装置は「赤外レーザーへテロダイン分光器」、簡単に言えば、赤外線を超高分解能で分光する装置です。
中川広務さん(東北大学助教)
赤外線分光で、惑星大気の情報を地上から得る
なぜ赤外線を分光するかと言うと、惑星の大気中に存在する二酸化炭素やオゾン、メタンなどの分子が、特徴的に光を吸収したり発したりする波長帯域が赤外線なのです。その吸収線は分子によって波長が異なるため、現地まで行かなくても、遠い星から来る赤外線を分光すれば、「あの星にはオゾンがある」というように、様々な惑星大気の情報が地上で得られます。赤外線は大気研究に大変便利な波長帯域なのです。
図 1 赤外レーザーヘテロダイン分光器の外観
赤外域で世界一高い波長分解能
この装置は赤外観測で世界最高分解能(150万以上)を有しています。例えば、火星のとある高度で、風速毎秒10メートルの風が毎秒20メートルに変化したことがわかります。普通は、限られた情報からモデルを使って見積もったり、探査機で直接惑星に行って計測でもしない限り無理ですが、それを地上にいながらできることが、この装置の最大の特徴ですね。
図 2 本装置を使った観測の意義を訴える。ハワイ大学IfAのJeffrey Kuhn博士とともに
火星メタンと地球外生命
我々の研究ターゲットの一つは、火星メタンです。なぜ火星メタンかと言うと、地球メタンは9割方、生命起源です。地球や火星などの地球型惑星を考えた時、メタンは生命活動や地殻活動の証拠となり得えます。生命がいたか(いるか)・いないかは、まだ結論が出ていませんが、少なくともメタンを発生する何かが火星にある可能性自体、大変興味深いことです。ですから僕はこの装置で、これまでにない高精度でメタンを観測して、火星全球規模で、世界で初めて地上から火星メタンの有無を高精度で調査したいと思っています。
そして、火星を観測する好機は、2年に1回、やって来ます。それが2015年12月から2016年2月頃まで。その時期に集中して観測しようというのが、この頭脳循環プログラムの最後の3ヶ月です。そのタイミングを逃すと、2年後はメタンを従来の探査機より高精度に観測する欧州の探査機が火星に到着するので、その前に一回ぜひ結果を残したいです。
図3 火星と地球の図(copyright:NASA)。なぜ地球だけが生命を保持しうる惑星環境を形成したのか、惑星大気の進化を解明する必要がある
図 4 NASAの着陸機Curiosityが今年火星でメタンを検出したと報じられた(copyright:NASA)
金星大気の謎に迫る
もう一つの重要なターゲットが金星です。金星は地球とほぼ同じ大きさの惑星ですが、地表の気温は500度に達し、大気も約90気圧もあります。同じような材料でできたはずなのに、なぜこれほど全く違う進化を遂げたかは大きな謎です。また、金星の大気の特徴として水がほとんどありませんが、なぜ水がなくなったかも、まだよくわかっていません。この謎を解き明かすためには、金星に微量ながら残っている水の同位体や分布を調べることがポイントです。現在の金星大気内に残る、ごく僅かな水蒸気がどんな役割を担い、どんなサイクルでまわって宇宙に逃げていくかを、この装置で追いたいと思っています。
さらに、金星の自転は非常にゆっくりなのに、自転の約60倍のスピードで大気だけが回る超高速風が吹いており、仮説はいくつか提案されていますが、その理由はよくわかっていません。超高速で吹く風の謎に迫るには、ぐるぐる回る雲の上と下でどのようにエネルギーや運動量をやり取りしているかが重要です。ところが、大気の密度や風速、温度のゆらぎ成分などを測定できるような精度の装置は非常に限られています。けれども僕らの装置なら、先ほどお話した通り、風速10メートル毎秒の惑星の風の変化が地上から測定できます。ですから、金星の風速や温度を高精度に観測し続けることで、これら金星大気の謎に迫りたいと思います。
図 5 Venus Express探査機が捉えた金星(copyright:ESA)
「諦めずに皆でやろう」という精神
ここまでの道のりには、国内外の色々な人たちからのサポートがありました。特に、世界に3つしかない赤外へテロダイングループであるNASAやドイツのグループ、そして観測施設を管轄するハワイの研究者たちが、「皆で一緒にやろう」と分け隔てなく色々なことを教えてくれたのには大変感動しました。そのお陰で、半田ごても持ったことのなかった私が超高分解能分光器を完成させるに至ったのです。そのような国際共同研究の経験から、「国内にいないから」「自分たちでできないから」というようなことを理由に諦めることがなくなりました。「じゃあ、皆でやろうか」という精神が養われたと思います。
装置をつくった事の無い人間がゼロからつくるわけですから、当初はなかなかうまくいきませんでした。震災で装置がめちゃくちゃになったときは青ざめたものです。しかし学生たちやスタッフと一丸になって今まで諦めずにやってきたおかげで、やっと、当初のやりたかったことが実現しそうなスタート地点まで来ることができました。これから望遠鏡で連続的に観測・運用することも初めてのことばかりですので、色々なトラブルもあると思います。けれども、せっかく諦めずに目の前まで来たので、これからも諦めずに楽しみながら走り続けたいと思います。
図 6 NASAグループの観測に参加。NASAのIRTF望遠鏡とともに
図 7 レーザと検出器を並べるだけの、ここからのスタートでした
図 8 学生たちと東広島望遠鏡かなたで試験観測をしている様子