PPARCセミナー(2023/10/20)

PPARCセミナー(2023/10/20)

(1)

[Name]

Fujika Yoshino

[Title]

水星ナトリウム外圏大気の昼間観測に向けたハレアカラT60望遠鏡に搭載する可視補償光学装置の開発

[Abstract]

東北大学ハワイ・ハレアカラ観測所 60cm 望遠鏡(T60)に搭載する可視補償光学 (AO) 装置の開発状況について報告する。本開発は、日欧合同BepiColombo水星探査機の周回観測(2025~2028)に対する地上観測支援を直近の目標としている。
地上観測では、天体からの光が大気の揺らぎで乱されることで、本来の望遠鏡の空間分解能を実現できない(例:ハレアカラT60望遠鏡の回折限界0.21”@500nmに対しシーイング~0.7”)。その大気揺らぎを打ち消すことで望遠鏡本来の空間分解能を達成するための技術が、補償光学である。
T60-AOの適用対象の1つである水星は、アルカリ金属による外圏大気の存在が知られ、特に中性ナトリウムの共鳴散乱発光 (589.0 nmおよび589.6nm)が明るく地上からの高分散分光によりその分布と速度場の観測が可能である。地球と比較して小さい水星磁気圏では、太陽風との相互作用により期待される変動の典型的な時間スケールが数分程度と短い。地上観測により、Na外気圏の発光の南北比が数10分の時間変動をすることがわかっており、これはNa外圏大気の生成要因の一つである磁気圏粒子のスパッタリングによる放出応答時間のスケールと一致している。またNa外気圏にはいくつかの全球規模の発光パターンがあるが、これまでの地上観測のスリットを用いた分光観測では、水星全球の発光分布を作成するには1時間ほどのスキャンデータの積分が必要になる。そのため、数10分スケールの全球の空間変動をとらえた観測は行われてない。また、内惑星で太陽最大離角が20度程度の水星では、日没後・日出前に地上から観測できる時間は最大でも1時間程度で、低空ないし日中に観測するためシーイングが大きく、全球平均での議論が主となっている。
そこで本開発では、時間分解能5分、空間分解能1”(水星ディスク5-10分割)で水星のモニタリング観測を可能とすることで、特に日欧合同BepiColombo水星探査機の周回観測(2025~2028)に対する地上観測支援を直近の目標としている。T60は、晴天率が比較的高くシーイングも良い観測サイトにあり、連続的なモニター観測に適した観測所の一つである。T60にはファイバー視野集積装置と波長分解能50000の高分散分光器が搭載されており、積分時間5分ほどで全球の面分光データを取得することができる。これらの観測装置で空間分解能1”を保って観測を行うために、「昼間高高度(>30°)の水星(視直径5”-10”)をロックし安定して1”を達成できるようなAOの開発」が本開発の目標である。開発中のT60-AOは、12×12の140素子の MEMS 可変型鏡(Boston Micromachine社)と Shack-Hartmann 波面センサ(TIS社 DMK33UX287とThorlabs 社 MLA300-7AR)を用いた構成をとり、Windows PCを用いて最大400Hzの閉ループ制御を実現した。制御には、可変形鏡と波面センサの愛大に線形仮定を置いた打切り特異値分解法を用いる。波面センサのサブ開口は60cm主鏡上4cmであり、主鏡を15×15に分割する。昼間の水星(視直径5″-12″)に適応させるため、波面センサのサブ開口は視野角22″とし、隣り合うサブ開口の背景光が重ならないように視野絞りを設置した。このシステムを2022 年 3 月からハワイ現地のT60のカセグレン焦点に設置し、遠隔制御により AO 制御ソフトの開発と評価を行ってきた。
試験観測の結果、夜間では、6.0等級までの対象で安定した閉ループ制御を実現しており、1.0等級の恒星に対する試験では波長590 nmでシーイング1.6”(FWHM)の条件下でAO動作時0.7″を達成した。しかし、シーイングが3.4”の時にはAO動作時でも1.8”など、安定して1”を切ることはできていない。背景が明るくまたシーイングが厳しい昼間では、同じく1.0等級の恒星を対象にしたとき、シーイング4.6”の条件下でAO動作時に1.8″を達成したものの、1″を切ることができていない。昼間の水星(視直径6”)に対しても水星をロックし、閉ループ制御を実現しており、補償の効果もみられている。
現在は空間分解能1”達成のために、シミュレーションにより打切り特異値分解法に使用する行列のさらなる検討を行っている。11月には再び水星の観測好機が訪れるため、3時間の連続観測を行うことを目標としている。本発表では、これらの試験観測の結果・評価および今後の展望と、修士論文の目次と完成に向けた計画を報告する。

(2)

[Name]

Emi Tanaka

[Title]

Kaguya/LRSのオーロラキロメータ放射観測を用いたパッシブレーダーによる月面及び地下構造探査手法の検討

[Abstract]

自然電波放射が衛星の表層や電離圏で反射するエコーを利用した探査手法をパッシブレーダーと呼ぶ。本研究では月周回衛星「かぐや」に搭載された月レーダーサウンダーLRS(Lunar Radar Sounder)が観測するAKRを用いて、月面のレゴリス層とその下の地下構造を探査する手法の検討を行う。LRSのサブシステムのうちの1つであるLRS-NPWでは20kHz~30MHzの周波数帯で自然波動観測が可能であり、本研究ではまず、NPWが観測するAKRを検討に使用する。その後、AKR以外の自然電波であるtypeⅢ型バースト、銀河電波などを使ったパッシブレーダーの検討を行う予定である。
本研究の目的の1つ目は、LRS-NPWで得られたAKR観測データから、月の地下構造を探査する手法を検討することである。AKRの地下エコーから月の地下構造を探査するため、地球方向から伝搬するAKRの直達波と、月面及び地下構造での反射波の干渉パターンを利用する。AKRの周波数は数10~数100kHzと低周波であり、4-6MHzのアクティブレーダーサウンダーよりも深い地下構造を調べられる可能性がある。本研究では、AKRの直達波と、月面と地下からの反射波により、電波スペクトル上に生じる干渉縞を計算し、観測されたダイナミックスペクトルとの比較を行う。2つ目の目的は、月のレゴリス層の物性を全球的に探査する手法を検討することである。AKRは波長が1kmスケールとなるため、アクティブレーダーと比べて表面エコー強度が月表面の凹凸から受ける影響が小さくなることから、表面エコー強度から月表面物質の誘電率を推定できる可能性がある。アポロ計画において持ち帰られた「月の石」の分析から得られる誘電率は局所的なものであり、本研究ではLRSで得られた観測結果から、月全体のレゴリス層物質のグローバルな調査が可能かどうかの検討を行う。
かぐやの緯度・経度に応じた、任意の入射角での干渉縞シミュレーションを行うツールを完成させた。これを利用して、探査機の高度を変えた場合のシミュレーションや、JUICE探査機の月フライバイ時などの経路差を求めることが可能である。
前回のC領域セミナーでは、周波数分解能の精度を上げることで地下反射波による干渉縞が検出可能になることを示した。今回のセミナーでは地下反射波を含めた干渉縞の振幅が大幅に小さくなる原因について調べた結果について議論する。