研究紹介
金星はかつて大量の水があったと考えられていますが、現在は極めて乾燥した環境となっています。その水の消失の鍵を握るのが、惑星から宇宙空間への「大気散逸」と呼ばれる現象です。
本研究では、太陽から吹きつける高エネルギーの粒子の流れ(太陽風)が、金星を取り巻く水素の大気に与える影響を明らかにすることを目的としています。日本の紫外線宇宙望遠鏡「ひさき」やESAの金星探査機「Venus Express」の観測データを解析することで、水素の分布が時間的・空間的にどのように変化するかを調べています。
特に、太陽風が到来した際に、金星外気圏の水素がどのように反応するかを追跡することで、金星の大気進化の過程や、水の消失の新たな手がかりを得ることを目指しています。
地上からの全天カメラによる多波長観測は、オーロラの形態などを知るために重要です。極地研究所は第X期重点研究(オーロラXプロジェクト:2022~27年度)を進めています。極冠地域では太陽風と大気の直接的な相互作用が起こり、数百eV(太陽風)からMeV(SEP)までの広範なエネルギー範囲で電子とイオンの降下が発生します。
私たちは、このプロジェクトのための全天カメラを開発しました。2023年から昭和基地で4台、2025年からオーストラリアのケーシー基地とディビス基地でそれぞれ2台、フランス・イタリアのデュモン・デュルヴィル基地とコンコルディア基地でそれぞれ2台の計10台の全天カメラ観測が開始されています。
さらに、2024年から北極ノルウェーで4台のカメラの観測が、福島・飯舘観測所でも低緯度オーロラのための全天カメラ観測が開始されました。これらの総合観測から、オーロラ現象の解明を進めています。
地球大気の周りに広がっている宇宙空間「ジオスペース」には、地球大気や太陽風が起源のプラズマ(荷電粒子)が存在しています。このプラズマの中を伝わる電磁波を「プラズマ波動」と呼んでいます。
宇宙空間では粒子同士の衝突はほとんど起こりませんが、プラズマ波動と荷電粒子の「衝突」によって、粒子の運動が散乱されます。
散乱された高温の粒子が地球の大気に降り込むと、オーロラを光らせたり、高層大気の組成に影響を与えるので、プラズマ波動の発生や伝わり方を調べることは、宇宙空間と地球大気のつながりを解明する上で重要な研究です。
ジオスペース探査衛星「あらせ」によるプラズマの分布やプラズマ波動の観測、地上からのオーロラの観測などを使って、プラズマ波動がどのようにジオスペースを伝わり、高温の荷電粒子を散乱するのか調べ、宇宙空間が地球大気に及ぼす影響を研究しています。
地球のオーロラ電波であるAuroral Kilometric Radiation(AKR)は、地球磁気圏におけるさまざまな現象や構造と密接に関係しており、地球磁気圏について理解するためのバロメーターとしての役割を果たします。
しかし、AKRに関する長期的な統計解析、特に太陽活動度との相関に着目した研究はこれまで十分には行われていません。
そこで私は、約30年にわたって地球磁気圏を観測してきたGeotail衛星のデータを用いて、AKRの長期統計解析に取り組んでいます。
AKRの発生特性や変動傾向を明らかにすることで、地球磁気圏の理解をさらに深めることを目指しています。
「地球は大きな磁石」って聞いたことがありますか?その磁石が作る“磁気圏”は、私たちを太陽から吹きつける太陽風から守ってくれる、まるでシールドのような存在です。
私はこの磁気圏の中身、特にどんな種類のイオン(電気を帯びた粒子)が、どこに、どれくらい存在するのかを、電磁波“EMIC波”から読み解く研究をしています。現在は「あらせ衛星」のデータを使って、イオンの種類や割合を読み解くことに挑戦中です。
この研究は、2026年に水星へ到着予定の「BepiColombo」や、2031年から木星を周回する予定の「JUICE」など、他の惑星探査にも応用が期待されています。惑星の磁場やプラズマ環境を調べる新たな鍵として、この方法を確立することを目指しています。
私は、火星を周回する探査機Mars Expressに搭載された近赤外撮像分光装置OMEGAのデータを用い、火星の大気を観測したデータの解析を行っています。
フランスのチームと協力して、ダスト雲の厚さやダストの鉛直分布構造、地表面圧力量を導出するシステムを開発しました。
このシステムを利用することで、未解明である火星気象現象のメカニズム解明に貢献しています。現在開発中のシステムは、次世代の火星探査ミッション(特にMMX)にも適用される予定です。
ハレアカラT60望遠鏡で近赤外観測を実施するために、近赤外カメラTOPICSと高分散エシェル分光器(波長分解能~20000)の開発を行っています。この近赤外観測から、木星赤外オーロラやイオ火山・溶岩流出が観測できます。これとT60可視観測と組み合わせて、木星磁気圏内の物質・エネルギー輸送メカニズムの解明に取り組みます。
また、火星のトレーサーガスとなる微量気体成分(メタン・過酸化水素・HDO/H2O)を観測し、ダストストームを含む火星大気環境の物理メカニズムの理解に寄与することが期待されます。
この地上観測は、将来の木星探査機JUICEや火星探査機 MMXなどとの共同観測を行う点でも重要です。
木星の衛星のうち、火山活動が活発なイオと、氷で覆われたエウロパに注目しています。イオから発生した硫黄や酸素のイオンは、ドーナツ状のイオプラズマトーラスとしてエウロパ軌道まで広がっていますが、エウロパ周辺での観測には限りがあります。
本研究では、宇宙望遠鏡ひさきに搭載された紫外線分光器(EXCEED)を用いて、エウロパ軌道の硫黄イオンと酸素イオンの輝線を世界で初めて検出しました。
現在は、イオからエウロパにわたる電子密度や温度、イオン組成の空間分布を導出するツールを開発しています。今後は、2015年1月に発生したイオ火山噴火前後でのプラズマ特性の時間変化や、プラズマがイオからエウロパへ輸送される過程を研究していきます。
本研究では、惑星から放射される電波が衛星の電離圏(電気を帯びた大気層)を通過する際に起こる屈折現象に注目し、その“曲がり方”から電子密度を導く手法を開発しています。
従来の観測手法では測定範囲に限りがありました。そこで、外惑星からの電波が衛星の電離圏を通る経路をコンピュータで再現し、電子密度を逆算する新しい方法を提案しました。
現在はこの手法を応用して、Cassini探査機のデータからタイタン電離圏の電子密度分布を導出しています。さらに、将来のJUICEミッションに向け、電波の偏波(回転の向き)を活用し、精度向上を目指した検討も行っています。