電波ノイズとの闘いと共生
惑星プラズマ・大気研究センターでは、宮城、福島に複数の観測所を保有しており、これらは何れも比較的人里離れた地域に設置されています。事実、蔵王観測所や飯舘観測所では、観測所を中心として半径1km以内には、何らかの施設や人家はありません。これは、そういった場所を特に選んで観測所を設置してきたためですが、そうしてきた理由は、私達の研究・観測のターゲットは、自然界で発生している概して微弱な電波や発光現象(惑星のオーロラに伴い発生する電波や、惑星の衛星から流出し続けるガスの放つ光など)であるので、人間の活動に起因した“強い”電磁波ノイズを出来るだけ避けたいためです。とはいえ、こうした人里離れた場所にあってもノイズを完全に避けることは出来ないので、実際には、ノイズと闘いながら研究・観測を続けています。
では、電波を用いた研究・観測では、ノイズとどのように闘っているのでしょうか? それは兵法の基本と同じで、先ず偵察活動~相手(ノイズ)の特徴を掴むことです。次に、その特徴に基づく具体的活動です。対応は相手の特徴により異なります。ノイズが電波天文バンド(1)と呼ばれる特定の周波数にも出現しており、それが許容可能レベルを超えている場合は、そのノイズを出している相手にノイズレベル低減の対策を要請します。特定の周波数ではない場合、ノイズの強度が大きく、受信機が飽和してしまうなど、他の周波数の観測に支障が出てしまう場合は、ノイズの受信強度を下げるためのフィルターを観測装置に付加して、ノイズによる影響の低減を図ります。一方、観測に支障が出ない場合は泳がせる=放置します。私達の電波観測は20~40MHz、100~500MHzで行っていますが、電波天文バンドは限られているため、実際の観測ではノイズと折り合いをつけ、共生してゆくことが必要になっています。それ故に、到来するノイズ自体を出来るだけ低減するために、隔絶された場所に観測施設を設置してきた訳です(ノイズ源から観測点までの距離が2倍になれば、ノイズの影響は2×2=4倍下がります)。
さて、最近も“偵察活動”が一つ必要になりました。一つの観測所の近傍に水力発電施設の設置計画が持ち上がったのです。施設の発するノイズの特性に依っては、その観測所での電波観測継続が難しくなることも可能性としては有り得るので、発電施設がどのような電気ノイズを出す可能性があるかを事前に把握しておく必要があります。では、発電施設による電気ノイズとはどのようなものか? こうした情報を私達は持ち合わせていませんでしたが、幸いなことに、計画されている発電施設の同型版が稼働を開始している、という情報を得て、私達は偵察=実測を行うことにしました。
コロナ禍で越境移動がなかなか難しい時期が続いていましたが、感染状況に落ち着きが見えた夏の終わりに、長野県にある既存の発電施設近傍でノイズ計測を行いました(写真)。この施設は中央アルプス山系の一角にあり、私達の観測所同様に人里から離れた地域にあるため、施設起因のノイズを他のノイズと選り分けて同定することが出来ました。何分にも全く新手の対象なので、相手の正体が確認出来るまでは心配しましたが、結果は、発電施設が観測所から設置計画通り離れているならば私達の電波観測に大きな支障はないであろう、という、現実的な折り合いがつくことが期待出来るものでした。
各種電気機器の進化により日常生活は更に便利になる一方で、電気ノイズも増加し、自然電波観測を続けてゆく難易度は上がってきています。しかし、相手を識り、適切な対応策を取ることが出来れば、自然界のシグナルを読み取り、読み解く途はありそうです。今後もノイズとの闘いと共生の途を探る活動は続きます。
[文責:三澤]1) http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/2015_108_09/108_599.pdf